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今そこにある戦闘

30年以上もの間、集団的自衛権の行使を認められないという態度を示してきた日本の首相。何故今になって解釈の違いという独自の考えを持って必死に通そうとしているのか。実は秘密裏のうちに近々戦闘が現実のものになるということを示唆しているのかも知れない。

近年、全て自らの行動によって対外的に関係を悪化させつつある、日韓そして日中関係。首相に就任してから1年目となる昨年冬に靖国への参拝。「先人の供養に訪れることが何故悪いというのか」という趣旨の発言もあったが、心からそう思うのであれば時間の空いたときに個人として訪れればいいし、何も大々的にマスコミも引き連れ、お連れも付けて参拝する必要などない。現状の中韓それぞれとの関係を鑑みれば、自らが行っている行為によってどのようなことになるのかわかるはずである。自らの立場というものをわきまえず、調子に乗った結果この有様である。

そもそも亡くなった方へ哀悼の意を表すのは、その場に行かなければならないというわけはない。最も大切なことは「思う気持ち」で、全て形に表し済ませるのは単なるエゴであり自己満足に過ぎない。現に毎年のように1.17及び3.11には震災の起きた時間に起きた方角に向かって黙祷をし、気持ちを伝えることによって哀悼の意を表しているではないか。彼の身勝手さは甚だ不快である。

振り返ってみれば、特定秘密保護法案を通した時にも国民ほとんどが話し合いの不十分さを示した。法案が通過した後に「不十分だったかも知れない」と初めて発言している。彼のやり方は、常にやったもん勝ちで自己中心的。我々国民は彼に日本の政治を任せているが、日本という国自体を彼に委ねたわけではない。つまり、彼等政治家達によって国民そっちのけで好き勝手やっていい訳ではない。

いつまで経ってもアメリカの犬という立場は変わることなく、「同盟国である日本が攻撃されれば助けられるが、我々アメリカや他国が攻撃されているときには手を出せないのはどうなんだ、日本。同等に戦えるように何とか早く手を打ちたまえ!」なんていわれて、せかされているのだろうか?

戦後70年を迎えようとする日本において、政界は戦争を知らない世代が戦争に係わる法案を考えなければならなくなっている。自らを含めて、その悲惨さや残忍さなど全くわからない。聞き伝えられたとしても体で感じることはない。今ならまだ戦争体験者がいるのだから、最低限体験者の方々の話に耳を傾けるべきではないか?

首相の支持率が低下するなどという低次元の話ではなく、現実的に何年も腰を据えて話し合う事案であるのだから、ただ法案を通せばいいというような安易な考え方で済ませようとするべきではない。
何故ここまで人の話を聞かずに大切なことを勧めようとするのか疑問でならない。

いつから日本は独裁国家になってしまったのか?


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