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ヤジの主は鈴木章浩都議だけではない卑怯な連中 [ニュース]

社会的に全く許すことができない、人を愚弄する事件が東京都議会で起きた。
女性議員に対してのセクハラというよりも、人間としての価値が薄そうな人間達の発言である。「早く結婚をした方が」「産めないのか」などという発言は、思慮分別があり、皆から「先生、先生」と呼ばせている都議会自民党の議員がする発言ではない。

人を傷つける言葉、嫌な思いをさせるのではという感覚は小学生でも理解できるレベルであり、それを口に出して発言してしまうということは、思考が小学生と同等である事を証明している。
例えば「言い間違いや言葉足らずで誤って伝わってしまった」というレベルの言葉ではなく、明らかに未然に発言を防げたことで悪質きわまりない。
発言を受けた女性議員は徹底的に追い詰め、個人的に法に訴えるべきである。

彼にも家族もあるのだろうし親類だってあるだろう、本当に恥である。自分自身の父親であるならば立ち上がれないほど殴り倒すだろう。なぜこのような発言が平気で口をつくのか理解できず、頭の中の回路を見てみたいものだと思う。これでは、夜の繁華街にいる酔っ払い同様の発言でしかない。

教職員や会社員でも問題視されているセクハラやパワハラに関して、一部過剰に反応しすぎではと揶揄されているものの、概して受取手が気分を害したのであれば発言者はそれ相応の処分を受けている。通常は職を辞し一線から退くことを余儀なくされる。これは「お偉いさんだから軽い処分で」などとはありえず、お偉い方だからこそ多くの都民から選ばれし者だからこそ、厳しい処分が必要ではないだろうか?

謝罪をするのは当然のこととして、繰り返すようだが、女性議員はこういう卑劣な発言をする人間を許すべきではない。議員である以前にひとりの人間なのだから、その権限を傷つけられたことについてはそれ相応の「人間としての」処分を要求すべきだろう。

そして、この発言に伴い女性議員を笑いものにした、未だ名乗りを上げない卑怯な議員一味も声紋検査や調査を慎重に行って、徹底的に洗い出す必要がある。とかく事実をもみ消すのがお得意な世の中だが、中途半端な調査・なし崩し的な解決で済ませた場合どうなるのか、ということを考えて然るべき処分をお願いしたい。


その後、鈴木議員の謝罪、しかし議員辞職の考えはない。
この期に及んでの往生際の悪さに辟易とする。
全く男らしくなく女々しい人間であり、自身の置かれた立場が全くわかっていない愚か者だ。
人を愚弄しておきながら頭を下げ、適当な言い訳を全国民の前でさらしただけで解決とは甚だ無能のすることだ。

あなた、結局議員を辞められないのは「最終的には金目でしょ!」。
石原さん、こういうときに使うんですよ、こういう時に。

一方で東京都議会も、これにて早々と幕引きを考えているようだが、日本の特に政治家や公的機関は、身内に対して何故ここまで事なかれ主義で、徹底した物事を遂行できないのだろうか?


我々国民は議員を選ぶ権利を有し、投票日には投票所まで足を運び、誰に入れようと変ることのない投票を強いられる。投票する、選ぶ権利があるのであれば、逆に辞めさせる権利もなければバランスが悪い。今回のようにそれまでは信用していた人間が、実は化けの皮をはがせば大したことがなかったなら、お辞めいただく投票をし、職を辞してもらうのが筋なのではないだろうか?

一般企業においても社員の研修や試用期間を設けているところが多い。議員もどのような人間なのか試すために数ヶ月か数年間試用し、役立ちそうにないならその場でお辞めいただく制度にした方が良いのではないだろうか?このような議員が出ても一向に辞めようとしないのであれば。。。。。





今そこにある戦闘

30年以上もの間、集団的自衛権の行使を認められないという態度を示してきた日本の首相。何故今になって解釈の違いという独自の考えを持って必死に通そうとしているのか。実は秘密裏のうちに近々戦闘が現実のものになるということを示唆しているのかも知れない。

近年、全て自らの行動によって対外的に関係を悪化させつつある、日韓そして日中関係。首相に就任してから1年目となる昨年冬に靖国への参拝。「先人の供養に訪れることが何故悪いというのか」という趣旨の発言もあったが、心からそう思うのであれば時間の空いたときに個人として訪れればいいし、何も大々的にマスコミも引き連れ、お連れも付けて参拝する必要などない。現状の中韓それぞれとの関係を鑑みれば、自らが行っている行為によってどのようなことになるのかわかるはずである。自らの立場というものをわきまえず、調子に乗った結果この有様である。

そもそも亡くなった方へ哀悼の意を表すのは、その場に行かなければならないというわけはない。最も大切なことは「思う気持ち」で、全て形に表し済ませるのは単なるエゴであり自己満足に過ぎない。現に毎年のように1.17及び3.11には震災の起きた時間に起きた方角に向かって黙祷をし、気持ちを伝えることによって哀悼の意を表しているではないか。彼の身勝手さは甚だ不快である。

振り返ってみれば、特定秘密保護法案を通した時にも国民ほとんどが話し合いの不十分さを示した。法案が通過した後に「不十分だったかも知れない」と初めて発言している。彼のやり方は、常にやったもん勝ちで自己中心的。我々国民は彼に日本の政治を任せているが、日本という国自体を彼に委ねたわけではない。つまり、彼等政治家達によって国民そっちのけで好き勝手やっていい訳ではない。

いつまで経ってもアメリカの犬という立場は変わることなく、「同盟国である日本が攻撃されれば助けられるが、我々アメリカや他国が攻撃されているときには手を出せないのはどうなんだ、日本。同等に戦えるように何とか早く手を打ちたまえ!」なんていわれて、せかされているのだろうか?

戦後70年を迎えようとする日本において、政界は戦争を知らない世代が戦争に係わる法案を考えなければならなくなっている。自らを含めて、その悲惨さや残忍さなど全くわからない。聞き伝えられたとしても体で感じることはない。今ならまだ戦争体験者がいるのだから、最低限体験者の方々の話に耳を傾けるべきではないか?

首相の支持率が低下するなどという低次元の話ではなく、現実的に何年も腰を据えて話し合う事案であるのだから、ただ法案を通せばいいというような安易な考え方で済ませようとするべきではない。
何故ここまで人の話を聞かずに大切なことを勧めようとするのか疑問でならない。

いつから日本は独裁国家になってしまったのか?


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