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現代人であれば「パワハラ」と叫ぶのだろうか? [その他]

電通問題で過労や残業に対して非常に敏感な昨今、広告関連業における不規則な労働条件は昔から続いており、いっこうに改善されていないイメージは残る。

2000年問題が世間を賑わせてる2,3年ほど前、明石市にある印刷会社で勤める機会があった。自身それまでは様々なアルバイトを経て、正社員として働くのはそこが初めてだった。

朝9時始業。毎朝8時30分に出社しラジオ体操から始まるという、昔ながらのイメージが抜けない古い体質の事業所だった。周辺にはライバルと呼べる事業所もなく、切磋琢磨などする必要も無く、昔からの付き合いで成り立ってるような、どこか古くささが抜けない会社だった。

経営は社長を始め部長や専務など、家族や親類で構成されるという、業界ではあまり望ましくないタイプの会社だった。当初はオペレーターとして採用され、直属の上司の下様々なチラシや社内報など作成する、補助的な立場で毎日仕事をしていた。

しかし、個人的に「性格が暗い」など非常に個人的な理由で特に社長から毛嫌いされ、本来パソコンを扱う仕事で採用されたにもかかわらず、徐々にデザイン作業から外され、最終的には室内にあったフィルム出力機の廃液交換係となり、パソコンを触らないで一日終わるような日も出てきた。

当時は現代のように「○○ハラ」などという言葉自体が聞かれることもなく、どんな不条理な事柄であっても訴えられるような環境にはなかった。恐らく同様のことがあれば、今の子であればすぐに「パワハラ」として訴えるのだろうが、当時は「嫌なら辞めれば良い」と言うような状況は普通であった。

また、給料面に関していえば、基本給が10万円であった。
それまでアルバイトとしてしか働いたことがなかったため、基本給という概念がなく当時は不思議とも思わなかったが、他で正社員として働くうちに安すぎることに気づいた。
では、なぜ不思議だと感じなかったか。それは試用期間というのもあったが、毎日のように残業があり、その残業代がプラスされていたので、それなりの給与になっていたからだ。

結局はそのような内部事情で長続きすることもなく、他の社員による憤懣も爆発する結果となり、ほぼ1年程度で辞めることとなった。基本給もほぼ10ヶ月間くらいは10万円のままだったように思う。そもそも試用期間というもの自体が存在したかどうかもよくわからないが、今ではどうでも良い話である。

その1年間というのは、それ以降一切経歴として記憶も記載もしていない。
何故なら、その1年間は自分にとって何の足しにもならなかった、完全に無駄な1年間だったから。
今でも存続し続けるその会社、今で言うブラックかグレーのダークサイドにある企業。
現在の企業内がどうであるのかは知るよしもないが。。。。



電通の問題で、ふと頭をよぎった。


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