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またもや尊い命が失われた大阪の転落死亡事故 [ニュース]

近鉄電鉄の母体とも言える大阪電気軌道が明治43年、阪急電鉄の箕面有馬電気軌道が明治39年、阪神電鉄の摂津電気鉄道は明治32年、JRの日本国有鉄道はこの中で最も新しく、昭和24年にそれぞれ始まっている。(ウィキペディアより)

創業当時は現代のように設備も十分でなく、列車自体の性能も劣っていただろうし、小さな事故も多かったのではないだろうか。その中でも当然転落事故は起きたであろう。たとえ起きていなくとも、状況を見ればたやすく推測出来る。鉄道会社が出来てからこれほど長い歴史があり、様々な数多くの経験をしてきていながら、転落防止に対しての処置が全くされてこなかったというのはどういうことなのだろうか?
全く転落事故が起きるとは予測できなかった、などと言うことは絶対にないはずだ。

近鉄大阪線の河内国分駅で転落して死亡した男性は、両目に重度の障害があり、電車の音などを聞くのが好きで一人でホームに降り立ち、そのまま向こう側に転落したという。転落防止のためにホームドアの設置には多額の費用が必要となり、それがネックで安全対策に遅れが出ているという。また、ホームに十分なスペースがなかったり、他社乗り入れの場合はドアの位置が異なるなど様々な問題があることも確かだ。しかし、全て今に始まったことではない。開業してからどれほど考える時間があっただろうか?これらのことは全く言い訳になどならない。

そして、転落防止のためには、果たしてホームドアでなければいけないのだろうか?という疑問がわいた。
そもそも手段が大切なのではなく、転落事故を防止するという目的が大切なのではないのだろうか?ならば何も高額なホームドア設置に固執せずとも、これまで鉄道に携わってきた人間の少ない知恵を絞って代替案を出せばいい。ホームドアでなければならない理由など何もない。お金がかかりすぎるというのであれば、できる限り少額で済ませられる方法を考えればいいだけの話だ。

JR神戸線内で、六甲道の上り線のみに設置されているロープ状の転落防止装置があるが、このほかにも考える余地はあるだろう。しかし、なぜ六甲道の上り線のみ設置されているのかわからないが、テストであるのなら一体いつまでテストし続けるのだろう?JR西日本は尼崎の脱線事故以降、電車内に「取り組んでいること」として掲示物を定期的に掲げているが、そのほとんどがやって当たり前のことであり、わざとらしく掲載する必要などない。もっと態度や行動を起こし、結果で示すべきなのではないだろうか?

このように何人もの尊い命を失ってきながら、いっこうに教訓とならないにもかかわらず、近年になって全く聞き慣れないような新駅が次々と誕生しているのは腑に落ちない。
例えばJR神戸線においては、はりま勝原、東姫路、ひめじ別所、須磨海浜公園、摩耶などがそれに当たる。恐らく周辺住民や自治体、利用客などからの要望や養成により経済効果が見込めると判断して造るのだろうが、利便性より人命ではないのだろうか?一体何を優先すべきなのだろう?

これまで転落事故だけでなく列車事故で失われた命が報われる日が来るのだろうか?


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